石原まさたかの痛快!風雲日記(2.0)

使い方は追々考えます(笑)

1枚の写真とクリミア戦争

過日、内外情勢調査会四日市支部の月例懇談会に出席しました。今回は、ジャーナリストで元NHKモスクワ支局長の小林和男さんを講師に迎え、「日ロ首脳会談と今後の日ロ関係」と題した講演を拝聴しました。

今回の講演の基本的問題意識は、第一に、安倍政権発足後、日本のマスコミ報道レベルでは「安倍首相とプーチン大統領との関係が良好である」との評価が広がっているが、現実にはどうなのか?ということと、第二に、今後、ロシアとの領土問題は解決するのか?ということに集約されると感じました。

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結論から申し上げれば、日ロ関係は、日本での報道が伝えるような関係改善が進んでいる訳ではなく、以前と何ら変わりない状態であるということでした。特に、元首相の森喜朗首相特使がプーチン大統領との面会時に、ゴルバチョフ元大統領が来日した際の写真(故安倍晋太郎氏と森喜朗氏自身が写っているもの)を取り出し、親ロシアをアピールしたことは、ゴルバチョフプーチンの政治的関係の無知さ加減を露呈し、逆効果であったのではないかということでした。

森喜朗さんらしいと言えば森さんらしいんでしょうが、首相特使として、反プーチン政権(ブレジネフ時代の長期権力掌握がソ連の停滞を招いたとゴルバチョフは捉えていたので、プーチンの長期権力掌握に批判的である)の急先鋒と言われているゴルバチョフの写真を親ロシアを証明する切り札に持ってくる辺りは、なかなか手の込んだ所業だと思います(笑)

ロシアのリアルな政治状況として、プーチンが絶大なる権力を誇っているため、官僚もメディアもプーチンの一挙手一投足に過度に反応しているので、この時の森喜朗首相特使の行動は、一歩間違えれば日ロの外交関係を台無しにしてしまう可能性もあったようです。

もう一つの問題である領土に関しては、日本が切望する4島一括返還の可能性は低いものの、事態を動かし、根本的な解決をするには、圧倒的な政治力を有しているプーチンがトップに君臨するここ5年が勝負であり、チャンスであるとのことでした。

ここで、小林さんは、ロシア人の領土問題には、およそ160年前に起こったクリミア戦争(1853年~1856年)が関わっていると述べられました。ご承知の通り、クリミア戦争は、ロシアがオスマン帝国に進軍し、オスマン帝国と一緒にイギリスやフランスの同盟軍が戦った大規模な戦争で、ロシアの大敗に終わりました。その結果、敗戦処理の賠償金を支払うため、ロシアはアメリカ合衆国にアラスカを売却することになりました。当時は何の価値もないと思われた氷土を購入したアメリカ合衆国国務長官のスワードは、国民から「スワードの巨大冷蔵庫」とか「スワードのシロクマ動物園」などと揶揄されましたが、後々のゴールドラッシュや地政学的要衝地として価値が見出されるにつれ、その評価が変化していったことは言うまでもありません。

この価値の変化、つまり一見無価値な領土が時代とともに経済的にも安全保障上も非常に重要な領土になることを目の当たりにしたロシア人は、その後「一旦、手にした領土は何があっても手放すな!」ということを肝に命じ、民族として同じ轍は絶対に踏まないと決意しているとのことでした。

その固い決意を有しているロシア人が、簡単に北方領土の返還に応じるはずもありませんが、領土問題を解決するためには両者とも相当な譲歩を余儀無くされ、どちらも内政的には厳しい状況に見舞われることとなり、従って(国内の反対論を封じ込めることが可能な)強い権力者であるプーチンが就任している間しか解決のタイミングはないと小林さんは述べられました。この見方は、一見アンビバレントな側面を有していますが、領土問題はそれを乗り越えるぐらいの困難を伴うことを意味しているとも言えます。

その他にも、プーチンが青年期に柔道と出会い更生をしたことやそれ故に「柔道はスポーツではなく、哲学である」と言い切るほど柔道を敬っていること、自宅の道場の前に嘉納治五郎銅像があることなどをご紹介されました。さらに、領土問題についてプーチンは「日ソ共同宣言が唯一有効かつ基本的な条約である」という認識を持っていることから日本は目を逸らしてはいけないと指摘されていました。

蛇足ですが、かつて陸軍大学校の校長を務め、終戦時には関東軍総参謀長であり、当時のロシアの実情を記した『隣邦ロシア』の著作である菰野町出身の故秦彦三郎さんであれば、このような状況をどう見るかに思いを馳せる講演でした。

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