石原まさたかの痛快!風雲日記(2.0)

使い方は追々考えます(笑)

『朝鮮戦争 金日成とマッカーサーの陰謀』

朝鮮民主主義人民共和国(=北朝鮮)の国務委員会委員長であり、朝鮮労働党の最高指導者である金正恩の異母兄である金正男と思われる人物がマレーシアの首都クアラルンプールで殺害された事件(状況からほぼ正男と確定出来るので、以降は正男が殺害されたものとして取り扱う)が、日本国内でも世間の耳目を集めている。

確かに、独裁国家体制下での権力闘争やそれに関連する形で肉親の殺害は、強い衝撃を受ける事件ではあるが、日本においても、ほんの約150年前の江戸末期から明治初期には権力闘争の一環として暗殺が頻発していたことや現代でも感情の発露から突発的な血縁者の殺害が発生していることを勘案すると、北朝鮮だけを特別視したり、別次元のことと考える態度に違和感を覚える。

虫の知らせではないが、正男が殺害される1週間前にたまたま 萩原遼(1997)『朝鮮戦争 金日成マッカーサーの陰謀』(文春文庫)を手に取った。この著作は、米国国立公文書館所蔵の160万ページに及ぶ資料をおよそ2年半かけて読み解き、1993年に発表された同じ著作名の文庫本版である。

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現在でも色々と議論はあるが、本著作では、昭和25年(1950年)6月25日未明に北朝鮮北緯38度線を越えて軍事侵攻したことで、朝鮮戦争が始まったと結論付けている。その根拠として「私は米公文書館の『奪取文書』のなかの人民軍関係の文書のすべてに目を通し、必要と判断してコピーしたものだけでも指令、命令、会議録、兵士のメモなど数千枚あるが、ただの一件も韓国側から攻撃された事実を具体的に記したものはない」(PP266)と述べるとともに、米国による意図的な情報操作の可能性も探りながらも、論理的な破綻が見られないとしている。

紛争や戦争にはよくあることだが、先制攻撃をすることと先制攻撃をするように仕向けられることは、事実としてはA国がB国に戦争を仕掛けたことにはなるが、その歴史的意味は単なる事実とは違う次元で解釈されるべきである。

米国は、朝鮮戦争開戦のおよそ1年前の昭和24年(1949年)6月1日に韓国連絡事務所(= Korean Liaison Office (=KLO))をソウルに開設し、北朝鮮に対するスパイ活動を開始する。KLOを直接担当したレオナード・アボット中佐によると、北朝鮮に潜入させたスパイからは、1949年6月1日から1950年6月24日までの1年間に1,195件のインテリジェンス・レポートが提出され、中国やソ連から北朝鮮に提供される軍隊や武器などの状況把握が進められた。また、北朝鮮の人民軍の会議のレポートもあり、例えば、1950年3月15日の人民軍大隊長クラスの指揮官360人の会議で、日成が「南朝鮮軍は士気は低く、攻撃型というより防御型で、攻撃してきてもかんたんに撃退できる。1949年は、われわれは北朝鮮を防御することにのみにとどまったが、今年は分断された祖国を統一する英雄的闘争を開始するだろう。そして輝かしい完全独立を達成するであろう。目的達成のためには38度線で諸事件をひきおこし、南朝鮮軍の関心をこの地域にひきつけ、われわれの遊撃隊が後方からかいらい軍を攻撃する。これこそ分断された祖国を統一する唯一の道である」(PP291)と発言し、38度線付近で紛争を起こそうとしていることを、米国は把握していた。ただ、米国は、状況を把握しながらも敢えて北朝鮮を放置し、表向きは過度な韓国へ関与も避けるふりをしていた。戦争が始まった時点での兵力の差は圧倒的に北朝鮮が優勢であったため、38度線以南を短期間で制圧出来ると北朝鮮つまり日成に思い込ませて置くことが重要であった(それは、開戦直後の6月27日の国連安保理における北朝鮮の侵略者認定へと繋がっていく)。

160万ページに及ぶ資料と世界で初めて向き合ったのが、北朝鮮人でも韓国人でも米国人でも中国人でもロシア人でもなく、日本人であったことは、小生にとっては、この著作を母語である日本語で読めることへの望外の喜びであり、30年以上の日本共産党歴を持ち、『赤旗』の記者でもあったが、除籍された萩原の真実への探求心にはただただ脱帽である。

余談ではあるが、「世紀のすりかえ劇」と題した第1章では、正男や正恩の祖父である日成は、もともと、抗日武装闘争を行っていた中国人や朝鮮人のゲリラを中心にソ連が編成した第88特別狙撃旅団の大隊長であった「キム・ソンジュ」であったことを記述している。抗日活動家としての「金日成将軍伝説」は1920年代ごろから流布し始めていたため、昭和20年(1945年)ごろには、金日成はすでに50歳以上の壮年になっていなければならなかったが、1945年10月14日の朝鮮解放祝賀集会に凱旋した金日成将軍は、30歳過ぎの若造であったため、7万人の群衆は「偽者だ」、「ロシアの回し者」「ありゃ子どもじゃないか。なにが金日成将軍なもんか」と口にして、不信と失望と不満と怒りが場内を覆った。北朝鮮の金氏支配の源泉は、抗日活動家としての金日成将軍伝説によって正統性が担保されていると言われているが、この事実はそもそもの出発点からフィクションであったことを示している。

だからと言って、初代総理大臣である伊藤博文は塙次郎を、二代総理大臣である黒田清隆は妻を、殺害したと言われており、北朝鮮の権力の虚構性を自分の事は棚に上げて、したり顔でとやかく言えた立場ではないとも思う。