石原まさたかの痛快!風雲日記(2.0)

使い方は追々考えます(笑)

生島淳、熱いよね(その2)

先のブログで触れましたが、生島淳さんの第2弾ということで浅田真央はメイクを変え、キム・ヨナは電卓をたたく』(生島淳(2011)朝日新書のご紹介です。

まず、タイトルですが、「浅田真央がメイクを変えるってどういうこと?」。
「大人になったということ」か、「化粧品メーカーがスポンサーに付いたということ」か、はたまた「彼氏ができたということ」かなどの邪推すら浮かんできてしまいます。

さらに「キム・ヨナが電卓をたたくってどういうこと?」。
「金メダルと取ると収入が増えるということ」か、「引退後の生活を考えて財テクをやっているということ」かなどのろくでもないことが頭をよぎったりもします(笑)

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このようにタイトルからあれこれと想像を働かせてしまった時点で、生島淳ワールドに引き込まれてしまっている証左ではありますが、読み進めて見ると確かにメイクや電卓は重要なメタファーとなっているものの、(意外というと生島さんに怒られますが)フィギュアスケートを鑑賞するための本格的な手引書に類する名著でした。しかも、たまたま手にした時期が、年明けのソチオリンピックを控えているという好機であり、この本を一読すれば、この冬のオリンピックが数十倍も楽しめること間違いなしです。

現在のフィギュアスケートの採点システムを生み出したのは、ソルトレイクシティシティ・ゲート事件」(一般的には「ソルトレイクシティオリンピックにおけるフィギュアスケート・スキャンダル」などと呼ばれていますが、ここでは、本著で用いられている用語をそのまま引用します。)です。これは、ロシアとフランスの審判員がバーター取引をして不正を働いた事件ですが、この事件を機にそれまで6点満点の採点方式から技ごとに得点が加算される採点方式に変更されました。

フィギュアスケートの解説で「トリプルアクセルからのダブルトウループ」とか、「トリプルルッツからのトリプルトウループ」などを耳にすることがあると思いますが、それらが技の名称であることは分かったとしても、どちらが高得点につながるのかまでご存じの方は少ないと思います。トリプルとかダブルは回転を表し、アクセルやトウループは種類を指します。回転に関して言えば、当然のことながらダブル(2回転)よりもトリプル(3回転)、クアドラプル(4回転)の方が得点が高いのですが、技の方は、トウループサルコウ→ループ→フリップ→ルッツ→アクセル の順で難易度が上がり、高得点となります。

女子で言えば、トリプルアクセルは1988年に伊藤みどり選手が初めて成功した技であり、現在では、浅田真央だけが跳べると言われている(他は誰も跳ぼうとすらしていない)ほどの最高峰の技です。

前回のバンクーバーオリンピックでの最初のジャンプは、
浅田真央トリプルアクセルダブルトウループ(基礎点=9.50)
キム・ヨナトリプルルッツトリプルトウループ(基礎点=10.00)
となっています。ここで何が言えるかというと、誰も出来ない世界最高峰のジャンプであるトリプルアクセル(いわゆる3回転半)を跳ぶことよりも、コンビネーションを優先させる方が高得点を期待出来るということです。確かに、フィギュアスケートは技術力に加えて、表現力も必要となりますし、演技全体の総合性が求められるとはいうものの、スポーツである以上、より高く、より早くという要素を追求することは重要なことだと考えてしまうのは、小生だけでしょうか?こういうからくりが、キム・ヨナに「電卓をたた」かせるというメタファーに繋がります(実際に緻密な得点計算の上に演技構成をしていた訳ですが)。

一方で、「フィギュアスケートは、半年間かけた壮大なオーディションスポーツ」と生島さんが呼んでいるように、ジャンプなどの演技の得点を単に積み上げていけば、オリンピックで金メダルが取れるというほど、事情は単純ではないようです。バンクーバーオリンピックに向けての2009-2010のシリーズでは、キム・ヨナはグランプリ初戦のフランス大会から高得点をたたき出したのに対して、浅田真央はジャンプでミスを連発するなど得点も上がらず、3位に終わってしましました。このスタートダッシュが、ジャッジやテクニカルスペシャリスト(技術役員)に与えた影響は大きく、オリンピックに向けてのシーズンを有利に進めることにつながったと言われています。また、近年コーチの役割も変化しており、単に選手の指導をするだけに留まらず、半年間の大会を通じて、ジャッジやテクニカルスペシャリストと絶えずコミュニケーションを取り、技術に対する評価や技の円熟度などを確認し、それに合わせて演技を調整していくことも求められています。

ソチオリンピックに向けては、先月20日に始まった今シーズンの開幕戦であるスケートアメリカを欠場したキム・ヨナに対して、浅田真央は1位となり好発進を切ったと言えます。本日8日(金)からグランプリシリーズの第4戦NHK杯が開幕しますが、ここでもオリンピックで金メダルを取るための努力や駆け引きがすでに始まっており、「半年間かけてのオーディションスポーツ」という観点でご覧になるとまた違った面白さが加わると思います。

この他にも、先ほど少し触れましたが、コーチの役割や近年注目されている振付師の役割が論じられ、さらに演技の曲の重要性が増す中で「浅田真央のメイク」の意味が語られていますし、ソチオリンピックに向けてのロシア勢の復活(これを3年前に予言しているのは卓見だと思います)や「ナンシー・ケリガン殴打事件」などの意味も記されています(この「ナンシー・ケリガン殴打事件」は、当時、お笑い番組でネタになっていたこともあり、個人的には印象に残っています)。加えて、生島さんらしく「『6.0』ってあったよね」という小項目タイトルがあったり、歌舞伎用語の「ニンが合う」など、小ネタが散りばめられており、マニアックなファンへの配慮も忘れていません(笑)

ソチオリンピックフィギュアスケートは、得点を積み上げるための「電卓」と表現力のための「メイク」に注目し、さらに半年間の集大成という観点からも、皆さんには楽しんで頂きたいと思います。