菰野の言い伝え
菰野藩最後の藩主である12代土方雄永に京都の公家の娘である益子姫との縁談話が持ち上がりましたが、当時の菰野藩には堀も櫓もなく、益子姫が大変不安になられているとのことでした。そこで、その噂を聞きつけた当時の領民たちが、力を合わせて角櫓を建立し、無事に縁談がまとまったという言い伝えが残っています。
その後、紆余曲折があり、町内のある邸宅の蔵として利用されていましたが、数年前に老朽化のため取り壊すことになりました。その際に、多くの町民の皆さんから再現可能な状態での保存の要望があり、専門家に依頼をして、図面などを正確に書き残す作業を経て、柱や梁などすべてを解体致しました。
即座に再建、活用とはなりませんが、長期的な視点から、町民みなさんの機運の高まりなどを見極め、時宜を得て復活させたい思います。
その後、紆余曲折があり、町内のある邸宅の蔵として利用されていましたが、数年前に老朽化のため取り壊すことになりました。その際に、多くの町民の皆さんから再現可能な状態での保存の要望があり、専門家に依頼をして、図面などを正確に書き残す作業を経て、柱や梁などすべてを解体致しました。
即座に再建、活用とはなりませんが、長期的な視点から、町民みなさんの機運の高まりなどを見極め、時宜を得て復活させたい思います。
第1部では、バスで町内の史跡をめぐる町内民話ウォークが行われる予定です。
第2部では、講演や邦楽ミュージカルなどが企画され、もちろん民話語りも開催されます。
第2部では、講演や邦楽ミュージカルなどが企画され、もちろん民話語りも開催されます。