石原まさたかの痛快!風雲日記(2.0)

使い方は追々考えます(笑)

アイヒマン裁判への異議と我々への問い

先のブログ では、「ユダヤ人虐殺」対するアイヒマンの陳述を巡って、イェルサレムアイヒマン 悪の陳腐さについての報告』 におけるハンナ・アーレントの定義した「悪の陳腐さ」について想像力の欠如の危うさについて論じました。小生なりには、権力者と組織のあり方とその関係性において、平衡感覚と持続性をもった反省的思考の重要性を再認識したところです。

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                        【本文とは深い関係はありません(笑)】

今回もアイヒマン裁判を取り上げる訳ですが、前回とは異なり、アーレントアイヒマン裁判に対して抱いていた異議を整理してみたいと思います。とは言いながら、アーレント自身が極めて簡潔に論点を整理していますので、それを以下に引用します。

アイヒマン裁判に対する異議には三つの種類があった。第一は、ニュールンベルク裁判〔引用のまま〕に対して唱えられ、今またくりかえされているもので、アイヒマンは遡及的な法のもとに、しかも勝者の法廷によって裁かれるという異議だった。第二はイェルサレム法廷のみに向けられた異議で、この法廷の裁判資格を問題にするか、もしくは拉致という事実をこの法廷が無視したことを問題にしていた。そして最後の最も重大なものは、アイヒマンが<人道に対して>ではなく<ユダヤ人に対して>罪を犯したという起訴理由そのものに対する、従って彼がそれによって裁かれる法律に対する異議であり、この異議はこれらの罪を裁くにふさわしい法廷は国際法廷のみであるという論理的な結論にみちびいた」(pp196-197)

第一の異議は、ご承知の通り、法の不遡及に関わる問題であり、このアイヒマン裁判だけでなく、戦犯法廷ではニュルンベルグ裁判、東京裁判が常にその議論の対象となってきたところですので、ここでわざわざ取り上げる必要はないかも知れません。しかも、この3つの裁判はいずれも連合国側つまり勝利者による裁判ですので、戦犯裁判の正当性に関わる問題としても取り上げられてきました。この件について私見を述べるなら、近代国家と戦争がもつ制度上の矛盾を意識せざるを得ませんが、その解決は歴史的アプローチのみならず政治的アプローチですらなかなか難しいと言わざるを得ません。

第二の異議は、被告人であるアイヒマンが拉致行為によって法廷に連れて来られた事実の上に裁判が成立することに対して向けられたものです。確かに、アイヒマンは「ユダヤ人虐殺」に深く関与していたことは間違いありませんが、だからといって、法的な手続きを踏まずに(ただ、アイヒマン自身が、モサドに拘束された後に、ブエノスアイレスイェルサレムの法廷に出向くことを認めた文書は存在していますが、アルゼンチンの国内法上、仮にアルゼンチンの警察当局などが拉致の事実を把握したならば、イェルサレムには連行出来なかったと言われていることも事実です(pp187))逮捕監禁が公然と行われたことは、まさに人権の観点から問題があったと言わざるを得ません。実際に、アイヒマンの弁護を務めたロバート・セルヴァティウスが、この裁判以外の公の場で「アイヒマン裁判において合法的に処理し得る唯一の刑事的問題は、彼を不法逮捕したイスラエル人に対して判決を下すことであるが、これは今までのところおこなわれていない」(pp17)と指摘しているように、イスラエルにとっては痛いところを突かれたことは想像に難くありません。しかし、この拉致に関することは、法廷では無視されて審議が進められ、このことがアーレントの目には正当性を欠く裁判に映ったのでしょう。

蛇足ながら、イスラエルが不当な拉致という手段を選択したことは、アルゼンチンがナツィ犯罪者の多くを引き渡さない例があったからということ(例えば、アウシュヴィッツでの最も恐るべき医学実験に関係した医師の引渡しを拒否した)とアルゼンチンの法律では、1960年5月7日には戦争関連の時効が成立していたという事実があります。

第三の異議は、ニュルンベルグ裁判も東京裁判勝利者の法廷であったものの、国際法廷という位置づけの体裁はかろうじて整えられていました。しかしながら、アイヒマン裁判だけは、国際法廷ではありませんでした。アーレントは、イスラエルが「ユダヤ人に対する罪」のみを裁くのであれば、イスラエルによる裁判でも構わないが、「人道に対する罪」で裁くのであれば、それは国際法廷でなければならないということを述べていました(「犠牲者がユダヤ人だったというかぎりで、ユダヤ人の法廷が裁判をおこなうことは正当であり妥当であった。が、その罪が人道に対する罪だったかぎりでは、それを裁くには国際法廷が必要だったのだ」(pp207))。

この問題は、第一の異議と密接に関わっています。「ユダヤ人に対する罪」という個別の民族への罪だけであれば、法の不遡及の原則に適合してしまい、アイヒマンを罰することが不可能になってしまいます。しかし、それを「人道に対する罪」にまで拡大してしまえば、法の不遡及の原則を乗り越えることが可能になりますが、「人道に対する罪」は国際法廷で審議しなければならず、双方に矛盾を抱えることになります。この矛盾を乗り越えるためにも、アーレント国際法廷を開廷することを主張しますが、現実にはイスラエル主導で裁判が進められたことは承知の通りです。

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このアーレントと同様の異議は、かのカール・ヤスパースも抱いており、本文中でも
「ただ一人カール・ヤスパースだけが-裁判開始前におこなわれ、後に「デア・モーナート」誌に再録されたラジオ・インタヴューのなかで-『ユダヤ人に対する罪は人類に対する罪でもあり』、『従って判決は全人類を代表する法廷によってのみ下され得る』ときわめて明確に言明した」(pp208)
そして、
ヤスパースイェルサレムの法廷が証拠事実をあきらかにした後、問題となっている罪の法的性格についてはまだ論議の余地もあるし、また政府の命令によって犯された罪に判決を下す権限は誰にあるかという附随的問題にも同じく論議の余地がまだ残っていると言明して、判決を下す権利を<放棄>することを提案した」(pp208)
と裁判の具体的方向性を述べていました。

以上のような異議を述べると、アーレントが、アイヒマン裁判のすべてを否定しているように受け取られ、ドイツ系ユダヤ人であるアーレントは、アイヒマンを無罪にしようとしているのではないかとの憶測を呼ぶかもしれません。しかしそうではありません。あくまでも、アーレントが拘ったことは、裁判の正当性つまり正しい手続きで裁きをすることです。

このようなアーレントの態度を小生なりに解釈すると、近代国家とそれを成立させる法律などの社会システムが戦争とどう関わるかという重大な意味を孕んでいると考えています。加えて、科学技術(テクノロジー)の発展と戦争、それに伴う無差別殺戮、大量殺戮に人類がどう立ち向かうのかという問いだと思います。もうすぐ戦後70年になろうとしていますが、果たして我々は、アーレントの問いに答えを出したのでしょうか?